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歌詞は秋元康さん。
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例えば、「夜明けまで強がらなくてもいい」の歌詞に、水道の蛇口から後悔が漏れる、という表現があります。
この表現が、「何度目の青空か?」の、誰かが締め忘れた蛇口 大事なものがずっと流れ落ちてるようで、に似ていると思いました。
「何度目の青空か?」の「僕」は、青空に気づけないほど、ネガティブになっています。
そして、「僕」は気分が晴れなくても、青空を見上げて生産性のある日常を送ることを決意しました。
なので、「夜明けまで強がらなくてもいい」に登場する人物も、ネガティブな気持ちにいるけれども、前向きになっていく過程が描かれていると思いました。
では、「僕」が「夜明けまで強がらなくてもいい」と前向きになれたのは、なぜでしょうか。
歌詞考察・・・「僕」が前向きになれた理由
朝陽を見たことで、期待感が生じた
「僕」は、水道の蛇口から後悔が漏れる、と表現されるほどに、自己嫌悪に陥っています。
また、次の歌詞からも、「僕」が自己否定に囚われていることがわかりました。
自信がなくなって 部屋を出たくない 情けない自分が腹立たしく思えて 命の無駄遣い 誰に謝るか
命の無駄使いという哀しい表現からわかることは、「僕」は、生きることに罪悪感を感じるほどに、落ち込んでいることでした。
また、光はどこにある、希望はどこにある、という表現もあります。
そんな自分の存在意義を肯定できない「僕」ですが、タイトルは「夜明けまで強がらなくてもいい」となっています。
誰かが、「僕」に救いの言葉を投げかけたのかなと思いました。
歌詞を見ると、誰かが投げかけた言葉ではなく、「僕」の心情を表す言葉です。
生きている自分を命の無駄遣いと考えていた「僕」が、「夜明けまで強がらなくてもいい」と肯定的に考えているのでした。
では、「僕」が、「夜明けまで強がらなくてもいい」と思うようになったきっかけは何でしょうか。
それは、次の歌詞が答えになっていると思いました。
太陽は 太陽は 夢の背中を押す 明日はどこにある よろよろと立ち上がれ 夜明けまでは さあ カッコ悪くていい
太陽の存在が、「僕」を楽観的にさせたのです。だから、彼の自尊感情は回復したと言えるでしょう。
そして、楽観的になれた「僕」に相応しい歌詞が、連れ出してくれるのかすぐに夜明けが来る、という表現になったと言えました。
夜明け、という言葉から、比喩的に新しい時代の訪れを感じることができるのです。
まるで、太陽が不安感や自己否定感を洗い流すことを、「僕」が期待しているように思えました。
終わりに
「夜明けまで強がらなくてもいい」では、4期生メンバーがセンターと福神のフロントを務めることになりました。センターは、遠藤さくらさんで、福神のフロントは、賀喜遥香さんと筒井あやめさんです。
だからなのか、4期生が初めて参加した「4番目の光」と「夜明けまで強がらなくてもいい」の共通点が、不安感になっていると思いました。
「4番目の光」における次の歌詞は、4期生の不安感が表現されていると思いました。
雨雲の隙間 ほら差し込む光たちよ・・・自分に何ができるか 不安と期待が膨らんで 夜明け前に目が覚めてしまう 私らしく全力で走ろう・・・光は愛
この歌詞が、まるで「夜明けまで強がらなくてもいい」という心情そのものだと思いました。
「4番目の光」も「夜明けまで強がらなくてもいい」も、4期生の応援歌に思えてきます。 終わり
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