乃木坂46「三角の空き地」歌詞考察。愛の三角形理論 | のら猫ひろしが坂道のぼる (のら猫ひろし)

乃木坂46「三角の空き地」歌詞考察。愛の三角形理論

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三角の空き地
乃木坂46のアンダー曲「三角の空き地」は、2018年夏に発売された乃木坂46の21枚目のシングル「ジコチューで行こう!」に収録されています。

また、4枚目のアルバム「今が思い出になるまで」(2019)の収録曲でもありました。作詞は秋元康さん。

公式動画サイトではショートバージョンのミュージックビデオが公開中です。アンダーセンターは中田花奈さんでした。毎度のことながら、アンダー曲とは思えない華やかさに満ちています。

歌詞考察


タイトルの意味ですが、元カノと逢瀬を重ねた場所が「三角の空き地」となっています。この「三角の空き地」を目にする度に「僕」は「君」を思い出すのでした。その「三角の空き地」は、冒頭の歌詞に、雑草伸び放題の三角の空き地、とありますから手入れが行き届いていなくて荒れるに任せた空き地と言えます。荒れるに任せている状態は、見捨てられたような悲壮感がありました。その悲壮感はまさに、「君」に見捨てられた「僕」の心境と言えます。ですが、同時に手入れを怠った元カノの「君」の心とも言えます。

手入れを怠ったというのはどういうことでしょうか。それがわかる歌詞に、花が咲くように愛は生まれ育ちでも日差しがなければ枯れていく水をあげることさえ忘れていたよ2人は愛し合ってたのに、があります。「僕」は付き合って慢心したのです。付き合ったなら、日差しとなって水を与えるような手入れを「君」にしなければならないはずです。しかし「僕」は「君」を蔑ろにしてしまったのでしょう。だから、「君」と逢瀬を楽しんでいた「三角の空き地」が荒れ放題となっているように「君」の心も荒れてしまったと言えます。そして振られてしまったのではないでしょうか。

そしてその後悔が、次の歌詞に表れています。

恋は生きているちゃんと見ていないとすぐ心の形は変わっていく、何も気づかなかった僕のせいだよ   

終わりに


心の形が歌詞に登場しています。心の形が三角形であるとするとどんな意味があるでしょうか。心理学者のロバート・スタンバーグの親密性、情熱、コミットメントの3つから成る「愛の三角形理論」があります。

親密性・・・相手を思う感情の大きさ
情熱・・・性的な欲求を含めた相手と関わりたい気持ちの強さ
コミットメント・・・関係を維持したい欲求が強いかどうか

完成された愛は、上記の3つの要素が満たされた状態でした。「三角の空き地」の「僕」は、この3つの内のどれかが足りなかったことで「君」との関係が終わったと考えられます。手入れを怠ったという表現には、「君」に対する感情(親密性)や相手と関わりたい気持ち(情熱)、が感じられませんでした。また、ちゃんと見ていれば良かったという後悔がありますから、コミットメントだけは強かったと言えます。スタンバーグ先生が言うところの、付き合いだけが長かった「虚愛」タイプだったのでしょう。 終わり