【歌詞考察】五人囃子「少女には戻れない」。失恋の痛手を癒す方法 | のら猫ひろしが坂道のぼる (のら猫ひろし)

【歌詞考察】五人囃子「少女には戻れない」。失恋の痛手を癒す方法

歌詞の意味を考察・・・失恋から立ち直る方法


高い自己評価(エフィカシー)と、強い責任感を持って、新しい恋をする

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少女には戻れない
突然出会ったそのサプライズに少しだけ理性失ったのかなでも純愛はもう無理、とあります。

この歌詞からわかることは、恋に落ちたものの、恋愛関係に踏み込めるほど若くはないという意味でしょう。

だから、少女には戻れないとなるのですね。

この主人公に何があったのでしょうか。若くはないと恋愛に対して躊躇しまう出来事があったのではないでしょうか。

考えられるのは、告白をしたものの、振られるなどして、好意をないがしろにされてしまった経験です。

問題なのは、失恋した事実ではありません。振られることを恐れて、新しい恋愛に踏み込めなくなることです。

人間関係の構築に、ためらいを感じているということは、相手の好意が本物であるか疑心暗鬼になっている状態です。

主人公が失恋から立ち直るために必要なことを考えてみました。それは、高い自己評価と、起きた結果を周りのせいにしない考え方になります。

自己評価(エフィカシー)

あのまま別れて思い出さなけりゃ足元はもっと明るかったかなという歌詞を、自己対話と考えると過去に執着していることがわかります。

失恋した主人公が、俯いて歩いているような光景が浮かびました。自分を肯定的に捉えてはいないでしょう。

認知科学者の苫米地英人氏は、自己評価をエフィカシーと呼んでいます。

そして、この自己評価(エフィカシー)が高ければ、つまり、自分は何をやっても成功すると考えることができれば、ホメオスタシスの働き方が変化すると言いました。

ホメオスタシスとは、生体を安定した恒常的状態に保とうとする機能です。

自己評価が高ければ、体調も安定して、行動力が伴うのでした。このことから、失恋から立ち直るためには、自己評価(エフィカシー)を高める必要があります。

らせん階段を上から見下ろす

失恋を周りのせいにしないこと(自己責任)

自己評価(エフィカシー)を高めることで自信が高まり、行動力が伴うことになりますが、どうやって自己評価(エフィカシー)を高めたら良いのでしょうか。

苫米地英人氏は、心の傷を追っているのは自分だけと考えてしまうのは抽象度が低い状態にあると言います。

ネガティブな出来事は、全部周りのせいと考えてしまう人が、いますね。

そういった、自分の判断に責任を負わない考え方が、抽象度が低いと言えました。

逆に抽象度が高い考え方は、自分にも責任があるという判断のことになります。

自分の下した判断の結果に責任を持つことが出来れば、感情が波立つこともないということです。

恋は自己責任で行うものだという信念があれば、失恋によるダメージを軽減できることになりました。

終わりに

「少女には戻れない」には、でも純愛はもう無理とありますが、救いのある歌詞もあります。

それは、愛してしまえば見えない未来も月あかりと手すり頼りに行くわです。これは、必ずしも恋愛を諦めているわけではないということですね。 終わり


■少女には戻れない■
「少女には戻れない」は、五人囃子(石森虹花、土生瑞穂、織田奈那、斎藤冬優花、佐藤詩織)が歌っています。作詞は秋元康さん。

欅坂46ファーストアルバム「真っ白なものは汚したくなる」(2017)に収録されていました。

ユニット名は、ひな祭りでおなじみの、五人囃子ですね。囃子は、囃し立てるのはやしで、引き立てるという意味になります。

そして、五人囃子の役割は、お内裏様とお雛様の結婚を音楽で盛り上げることでした。欅坂46ユニットの五人囃子の名前の由来も、こういった盛り上げる役割を意識していることが分かります。